こんにちは。
たかちほ正史発酵蔵の三代目、竹之下正史です。
インスタでフォロワーさんとお話していると、
“もともと混ぜない派です” という人が、実は結構いらっしゃいます。
でも、多くの人は少しだけ申し訳なさそうに、
「混ぜないって邪道ですよね…?」
とおっしゃるんです。
お気持ちはよく分かります。
だって、周りの人に言われますからね。
「え、混ぜないの?」
「え、タレ入れなくて大丈夫なの?」
でも、僕は思うんです。
混ぜないで食べる人は、“粒そのもの”をちゃんと味わっている。
混ぜない派の方に、
僕は胸を張ってこう言いたい。
あなたは、むしろ“本当の納豆の味”を知っている。
これは大げさではありません。
なぜなら、
僕が納豆の味を見るとき、必ず“混ぜないところ”から始めるからです。
三代目として、9年間365日毎日納豆を食べていますが、
最初の“挨拶がわりの数粒”は、必ず混ぜずにそのまま口に入れます。
そこで、
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大豆の甘み
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香りの立ち上がり
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粒のほどけ方
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今日の発酵具合
すべてが分かります。
混ぜないと、
粒や発酵の“素の表情”がそのまま伝わるんです。
混ぜるのは「味を整える作業」。
でも、おいしさは混ぜなくても始まっている。
一般的にはよく
「納豆は混ぜたほうがいい」
と言われますよね。
これは“ねばり(旨み)”をまとめる食べ方で、
もちろん正しい側面もあります。
ただし—
混ぜる=正しい
混ぜない=間違い
ではありません。
混ぜるおいしさもあるし、
混ぜないおいしさもある。
納豆はどんな食べ方も自由で、それぞれに合った楽しみ方があります。
そのうえで、
混ぜない食べ方には“粒の声がいちばんよく聞こえる”という、
ちょっと特別な魅力があるんです。
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甘さがストレート
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コクの出方がクリア
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粒の立ち上がりが鮮明
という“粒の本来の魅力”に出会えることも多いんです。
混ぜない派は、“味の細部”を知っている。
混ぜない食べ方は、
実はかなり繊細で、観察力のある食べ方です。
噛んだ瞬間に立ち上がる香り、
粒がほどける瞬間の甘み、
口の中で広がる発酵のニュアンス、
後味に残る心地よい余韻。
こういう“粒の声”みたいなものが、
混ぜないからこそクリアに聞こえるんです。
だからあなたは、
ただ混ぜないだけじゃなく、
粒の味わいをきちんと受け止める食べ方をしている。
これは立派な“こだわり”です。
だから、混ぜないあなたは胸を張っていい。
誰かに「混ぜないの?」と言われたら、
こう答えてください。
“粒の味が一番わかるのは、混ぜないときなんです。”
この一言で、
あなたの食べ方のこだわりはちゃんと伝わります。
そしてもし、
もっと粒のおいしさを感じたいなら、
“混ぜなくても味が立つ納豆” を選んでみてください。
そんな納豆、ちゃんとあります。
混ぜなくても粒の甘みや香りが立つように作った納豆。
混ぜる前の“素のまま”でおいしい納豆。
『たんねん.』は、
そんな“混ぜない食べ方”が似合う人のための納豆です。
最後に。混ぜるあなたも、混ぜないあなたも。
食べ方は人それぞれです。
“混ぜる”のもいい。
“混ぜない”のもいい。
どれも、その人が納豆を好きな証拠です。
ただ、混ぜないあなたには、
ぜひこれからも、
粒のおいしさを楽しむその食べ方を大切にしてほしいなと思います。
そして、粒のおいしさが恋しくなった日は、
そっと僕の納豆を思い出してもらえたら嬉しいです。









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